「屁放き爺さん昔〜しのお噺」

”シルクロード一万キロの旅を行く”第一篇

  此の世界で最も長い交易路を、プロイセン帝国の地理学者、冒険家フェルデイナンド・フォン・リヒトホーヘン(1833年〜1905年)は中央アジア探検記を纏めた著書「シナ」の中で、「ザイデンシュトラーセン(絹の道)」と名付けた。「シルクロード」は英語名である。中国語では「絲調之路」という夢見るような名で讃えられる世界で最も多くの国を其の沿岸に持つ交易路「シルクロード」の誕生である。

  彼は「沙漠のシルクロード」を指して名付けたが近世、海を利用した交易ルートの研究が進んで東西交易に果たした其の功績と重要性が認識されるに至って大型船を海に浮かべて旅する此の交易路にも「シルクロード」という称号が与えられるのである。但し、此の船の交易路には「海の・・・」という文字を頭に冠して、沙漠を駱駝に跨って旅する「砂のシルクロード」と区別される。「海のシルクロード」の誕生である。リヒトフォーヘンの弟子が、中央アジアの探検に生涯を捧げ、さまよえる湖「ロプノール」の畔に栄えた古代都市「楼欄」の遺跡を発見したスエーデンの地理学者スウェン・ヘデイン(1865年〜1952年)である。

勿論、漢人やペルシャ人、アラビア人等の商人が歩き、武装した山賊や盗賊が獲物となる旅人を追い掛けて走り回った道である。
  三蔵法師玄奘が、仏の教示を受けて天竺へ教典を得る為に孫悟空や猪八戒等をお供に???炎暑の沙漠を様々な危険な目に遇い乍ら旅した道で在り、ベニスの商人マルコポーロが遙々とモンゴル帝国の都大都{今の北京}に来朝して元王朝の初代皇帝忽必烈汗の知遇を得て旅行記「東方見聞録」を著し、黄金の国ジパング(日本)の存在をヨーロッパの人々に紹介した路である。
  「東方見聞録」は欧州人に東方世界への憧れを起こさせ、次の大航海時代を開く事に為る。此の旅の舞台と為り、遙かな昔に玄奘三蔵や多くの僧侶達、マルコポーロに代表されるヨーロッパの人々やアラビア、ソグト、中国の商人達の隊商が荷を満載した長い駱駝の隊列を引っ張って何ヶ月否、時には何年も掛けて歩いた道が「沙漠のシルクロード」つまり、長い間生命を知らなかった地を貫いて世界を一つに結んだ道で在ったのである。

ー生命を知らない地を貫く一本の道ー

  ”生命が死に絶え、時間が止まった地から未だ生命を知らず、時間が無い地へ一本の道が通じている。タクラマカン砂漠を東西に横切る「シルクロード」で在る”。石坂浩二の夢見させる様な甘い声が今も、耳に浮かぶ。NHKが今から三十年程以前に放映した特集番組「シルクロード」の一コマである。沙漠を行く駱駝の足や胡旋舞を舞う美女達が、喜太郎のシンセサイダーに合わせて我々を長年、憬れた未知なる世界へと誘った。
  今は鉄道が北京や上海等の東の大都会と西の国境の街を結び、沙漠に舗装された国道をトラックが行き交っている。曾て、生命を知らなかった地は今や、石油の一大生産地として発展を続ける地と変わっている。

  「シルクロード」、中国語で「絲調之路」と名付けられた道路つまり、中国と中央アジアのオアシス国家或いはインドを経て中近東の諸都市に至り更に、地中海を渡ってヨーロッパ世界を結ぶ世界で最も長い交易路は二つの主なルートから為る。其の一つは、重い荷物を担いだ駱駝を引っ張って中央アジアの沙漠や雪を被る峠を幾つも越えて西域のオアシス都市国家やペルシャ域に散らばる諸都市を渡り歩き乍ら、地中海の東海岸に抜ける「沙漠のルート」である。此の「沙漠のルート」は主に、西域の交易民族ソグト{今のウズベキスタン}の人々によって営まれた。

”シルクロードの旅”第2篇
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  もう一つの「シルクロード」は、広州や廈門等の中国沿海都市から海に浮かんでアラビア人やインド人等が、勿論漢人達も操った交易船に乗って今も尚、沢山のタンカーや貨物船が行き交うマラッカ海峡を通り抜け、インド洋をモンスーンに背を押され乍ら、インド西海岸の交易都市ムンバイに辿り着いて更に、西へ向かって航海を続け、紅海を経て中近東から地中海に出てヨーロッパに至る「海のルート」である。

  ”スルタン様、今宵も更けました。昨夜のお話の続きを始めましょう。・・・・”と美しいシェヘラザーデ王妃が彼女と共にスルタンのハレムの住人に為った妹ドウホーニャザーデとスルタン・シャフリアールの二人に夜な夜な語って聞かせた「千夜一夜」物語の舞台と為ったのが此の「海のシルクロード」である。
  ロシアの大音楽家リムスキー・コルサコフが作曲した交響組曲「シェヘラーデ」で奏される音楽が、交易船が寄せ来る大波に翻弄されながら航海する雰囲気を雄大に、幻想的に歌い上げ、独奏バイオリンがシェヘラザーデ王妃がスルタンの耳元で囁く声を美しく聴かせる。忙しく走り回る弦楽器や管楽器が、海と沙漠の二つの「シルクロード」を通じて東から或いは、西からもたらされる富で溢れかえって繁栄の極に在る都バグダッドの市場や通りの賑わい、祭りに群れる人々のざわめきを彷彿とさせる。