閑叔白文折節のエッセー
題目変更のお詫び
「十里桃花万家酒」ー中国春節紀行ー
桜花!桜花!
「易霞易霞懐愛霞 看雲彩雲想亮起
春来花開遙々遠 我心深裏爾隠棲」
白文
前回から連載している「紅梅馨る旅」ー中国春節紀行ーの題目を変更して「十里桃花万家酒」ー中国春節紀行ーにしたいと思う。 「十里桃花万家酒」とは李白が桃花潭(今の安徽省涇県西南)に遊んだ時、王倫が美味い酒を醸ってもてなした。別れに臨んで李白は「王倫に贈る」という即席の詩を贈ったがこの時、船着き場に「十里桃花万家酒」の句を見付けたが、何処にも桃は咲いていない。酒屋も一軒も無い。尋ねた所、"十里(今の約3.5キロ)先に一本の桃が有り、万家も沢山の酒屋でなく、「万」と言う男の酒屋が一軒だと判って一同大笑いをした。”と伝えられる。
筆者が此の旅行で得る事が出来た気の置けない中国の人々との交わりを何時までも忘れない為に此の句をエッセーの題目に付けた次第である。
霞女史が散歩に行こうと言う。昨日は人でごった返していた大通りには誰もいない。路面一面に爆竹の痕跡がある。此が夜中の戦争の跡かと改めて昨夜の凄まじい音響を思い出した。裏通りに入ると建設中のマンションがある。各戸三階から為る瀟洒な建物である。一戸十万元とか、日本円で百三十万円位だろうか?"貴方、買わない?” "安いねえ。でもこんな処にマンションを買ってどうするの。” "私達が住むから。”妙な方向に話しが進みそうである。しかし、老後はこの様な物価の安いところで年金を利用して豪華に暮らすのも一興かも知れない。因みに中国の平均月収は千元前後、一万三千円前後である。つまり、日本の平均月収と比較すると十五倍の生活が出来る計算になる。年金二十万円を持ってくれば三百万円近くの暮らしが出来る計算に為る。其のマンション建設現場から五分ほど歩くと好く整備された畑に出た。肥溜めがある。"俺が小さかった頃、日本にも肥溜めがいっぱいあった。一度肥溜めにはまった事がある。”随分と汚い事を自慢したものである。彼女が笑ったから通じたのだろう。
午後は彼女のお墓参りにお供をした。サイドカーに振り回されながら三十分、本当の農村に着いた。牛と山羊が山の様に積み上げられた藁を食っている。豚が道路を歩いている。鶏が雛を連れて地面を啄んている。私の子供の頃は豚や山羊はいなかったが、こんな風景であった。無性に嬉しくなって牛を撫でてみた。藁を噛んでみた。中国の本当の姿は農村に在るんではないだろうか。そう言えば、毛沢東は農民を味方にして日本に勝ち、中国を統一した。中国にとって農村は如何に大切で在ったか・・・。という事である。
エッセー「十里桃花万家酒」巻一
ー中国春節紀行ー{帰省バスの中で}Ⅴ
前号から続く。
然う斯うしているうちに夜が更けてきた。"もう、遅いからお休み下さい。今日は長旅でお疲れになったでしょう?”此も多分に想像による解釈である。実際はこんな優しい話し方はしない。中国語には敬語が無い。目上に対する言葉も、部下に命令する場合も同じ調子である。直訳すると、"もう、遅い。寝てくれ。”となる。"それではお言葉に甘えて、お先に休ませて頂きます。”。直訳、"お前がそう言うかなら俺は寝る。此の部屋で好いんだな?”。ベッドに入った途端、眠ってしまった。いや、ベッドでの記憶が無いので恐らく眠ってしまったのだろう。私は何処に居ても直ぐに眠るという特技を持つ。車に乗っても、飛行機の中でも構わず眠れるのである。枕が替わると眠れない。布団が如何の斯うのという人がいるが、頓着せずに眠ってしまう。鈍感かも知れない。旅をするには便利な習性である。
真夜中、"ドカーン、バチバチバチ・・・。パンパンパン・・・。”という音に飛び起きた。其れも生優しい凄まじさではない。一体何が起こったんだ。戦争でもおっ始まったか?・・・。"そや!春節やった。爆竹と花火の音だ。此が中国の春節なんだ。”それにしても、誰も起きて来る気配はない。それとも外に出て花火を上げているのか。都会では爆竹は禁止されているが、田舎では認められているらしい。まあ、俺は寝ていよう。
翌朝はさすがに好く眠ったので六時に目が覚めた。未だ薄暗い。みんなは既に起きていてお湯で顔を洗っている。"おはよう!”直ぐに卵と豚肉がたっぷり入ったスープを手渡された。朝食らしい。日本の雑煮に当たる。此の地方の朝食は平常は稀飯(お粥)であるが、春節だけは此のスープが早飯(朝食)である。
エッセー「十里桃花万家酒」巻二
ー中国春節紀行ー{帰省バスの中で}