急性肝炎闘病記



発病当時の生活
大阪への単身赴任時にこの病気に襲われました。医師の話によれば、過労と、
不規則な生活が原因で発病したのでしょう、との説明であった。
当時は、仕事も充実しており、自分自身に過労感はなかったのであるが、振り
返ってみると、思い当たることもある。帰りは遅い、食事は外食が多く不規則、
酒は毎晩。そして、気づいた時はすでに病床にあった。


初日
金曜日の午後、勤務中なんとなく体がだるい。しかも、やや熱っぽい。体温を
測ると37度強。風邪でもひいたかな、と風邪薬を飲み、6時頃早めに仕事を
終え、桑名の自宅へ帰った。そして、その夜は早めに就床。

2日目
土曜日でもあり、体のだるさもあって、今日一日ゆっくり静養と朝寝坊。土曜、
日曜の二日間静養すれば、風邪も治ると思っていた。
午前中は症状も体温もほとんど変化無し。
しかし、午後になって事態は急激に変化していった。
体温は39度に急上昇、猛烈なだるさ、そして、強い吐き気が襲ってきた。
この時点ではまだ、風邪をこじらしてしまったな、程度の認識で、日曜日まで
に治るだろうか、と心配していた。が、事態は甘くなかった。

3日目
朝、目が覚めたが、体が動かない。なんと、布団から起き上がれない。今まで
このような経験はなく、一体どうなってしまったのだろう。この段階になって、
自分の体がただならない状態にあることに気づいた。しかし、今日は日曜日で
病院は休診。このまま、月曜日まで待ってもよいのか、それとも、救急車を呼
ぶべきか迷ったが、結局月曜日まで待つことにした。もう、月曜日の仕事どこ
ろではない。気にはなったが、どうしようもない。

4日目
月曜日、普通であれば、開業医へ行くのであるが、今回は病状を考え、迷わず
桑名市民病院へ。妻に運転してもらい9時に到着、すでに大勢の患者でロビー
は一杯。診察までの間の待つことのつらさ、いすに座っていることが、これほ
ど大変とは。
医師の問診を受け、「肝臓か腎臓の障害でしょう。」と血液検査をされた。


医師の説明
血液検査の結果、案の定、GPT870、GOT850、γーGTPは正常で
ウイルス性の急性肝炎、非A非B型、と診断され、即入院、安静を言い渡され
てしまった。(GPTの標準値上限は45、GOTは40。当時はC型肝炎が
わからず、非A非B型とよばれていた)
この病気は薬がなく、安静で体力を回復させ、気長に治すしかない。今まで
のような仕事をすると、再発の可能性があり、再発すると慢性化し命にかか
わる。会社での昇進は諦め、今後は健康第一で生活するように、と言われた。
仕事をとるか、命をとるかはあなたの判断です。と言われ、絶句してしまった。


治療法
当時はインターフェロンがなく、有効な薬が無いのは、先に言ったとおり。ただ
安静あるのみ。高たん白の食事で治すのみであるが、吐き気が消えず、食事も
出来ない状態であった。このため治療法は、唯一、点滴による栄養補給のみで
あった。

5日目から7日目まで
症状はほとんど変化なし、ただ、体温は氷枕で冷やしていることもあって、38
度前後で、熱が低い分だけ体は楽にはなっていた。

8日目
何と劇的に症状が消えてしまった。
発病から一週間、私はてっきりこれで治ったと思った。ところが、医師の言葉は、
そんな甘いものではなかった。
ここで油断をする人が多く、再発するともっとひどくなり、劇症肝炎になったら
命取りになると言われてしまった。事実、GPT,GOTを検査すると、当初よ
りはさがっているものの、いずれも500台で、正常値からは程遠い。
しかし、吐き気は収まり、食欲も出てきたので、心理的には明るくなってきた。

9日目以降
症状が再発することなく、検査の数値も徐々に下降線をたどってきた。食事の
内容も、おかゆから次第に普通の食事に変わってきたので、この調子なら、2週
間位で退院と期待したが、それがなかなか許可されない。病院では何もできず、
ただ、新聞と読書のみ、おかげでたくさんの本が読めた。

退院
結局ほぼ1ヶ月入院し、めでたく退院したものの、医師からは仕事は禁じられ、
自宅でさらに1ヶ月療養し、ようやく社会復帰できた。
退院時の医師の注意事項は、高たん白の食事を取ること、酒は厳禁、運動は散歩
程度とし、それ以上はしないこと、今までの仕事は変えてもらうこと、単身赴任
は辞めること、でないと再発の可能性がある、と厳しく言い渡された。

予防策
退院に際し、医師に予防策を尋ねたところ、風邪の予防と同じで、事実上困難と
言われた。誰にでもウィルスが体内に入る。これが発病するかどうかは、その人
の体質、健康状態などに左右されるようである。
結論は、いつも清潔に、栄養と睡眠を十分に取り、疲労を蓄積しないことが肝要
のようだ。肝臓は沈黙の臓器とよばれている。それだけに、症状が現れた段階では
可成すすんでいると考えられる。検診結果の数値には常に注意し、早めの療養が
大切であることを痛感した。

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