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北葛城郡新庄町から |
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大和三山はいずれもニ百メートル足らずの高さ、平野にポッカリ浮かぶ島のようで愛らしく親しみを感じる山である。その中心に持統女帝が唐の長安を模して造営した藤原宮跡がある。この歌は百済を救援するため、斉明女帝の船団が筑紫へ向かう途中、播磨の沖で作られた。中大兄皇子が弟の大海人皇子の妻であった額田王をめぐる妻争いを、『播磨風土記』に残る三山争いの伝説をふまえて歌った。冒頭の歌は、「香具山は畝傍山をかわいいと耳成山と争った。神代の昔もそうであったから今の世の人も妻を争うらしい」という意である。 時が流れ近江の蒲生野(安土町)の狩で天智天皇(中大兄)の妻となっていた額田王は大胆な大海人に 「野守は見ずや 君が袖振る」と歌えば「人妻ゆゑに 我れ恋ひめやも」と返し、いやが上にも妻争いは鮮烈さを増す。 妻争いは耳成の池に身を投げた縵児の歌、畝傍には桜児の伝説が残る。 天の香具山は山並みにまぎれて見分け難いが、登り立ち国見をする山で、最も崇敬されていた。 三輪山麓から眺める三山はよく知られるが、西の葛城山麓からは三輪山、音羽山、長谷の山々を背にして趣が変わる。平野を埋めつくすおびただしい建物群のスケッチは疲れる。山芋畑が一面に広がるこの台地も宅地となっていくのだろうか。 |
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近鉄線橿原神宮前・飛鳥・桜井駅にあるイラストマップ(無料)とレンタサイクル(有料)が便利。藤原宮跡から三山へはそれぞれ1.5〜3.5キロくらい。 |