橿原市

 耳成山の東北ニキロほど、音羽山系に発した寺川が北西に流れ、川沿いにひっそりと竹田神社がある。
 田原本町、橿原市、桜井市が接合する地域である。草ボウボウの堤防をバイクで走ったが、この広い竹田の原に人影はなかった。東に大きく三輪山、忍阪山、音羽山。南に三山。西に遠く二上山。青垣に囲まれて見渡す限り大和国原が広がっている。
 坂上郎女は大伴旅人の異母妹。娘の大嬢は甥の家持の妻である。家持が二十才の時、竹田へ姑を訪ねた歌が残っている。竹田の庄は大伴氏の領地。万葉期の貴族はまだ領地と直接に関わっていた。秋の収穫期に竹田へやって来た郎女が、遠い平城京の佐保に残る娘への思慕を歌っている。このおおらかさとひろがりは郎女の個性であり、万葉の魅力である。女流歌人では最も多く歌を残している。
 鶴は明治初期までに各地に飛来していたようだ。インドを貧乏旅行していたとき、大きな鶴が悠々と飛ぶ姿には感動した。「若の浦に 潮満ち来れば・・・」(山部赤人)、「桜田へ 鶴鳴き渡る・・・」(高部黒人)は、よく知られた歌である。
 私が子供の頃はこの絵のような小川でフナやドジョウを追って一日中遊び呆けていた。今やコンクリートの三面張の用水路では草も生えずカエルすら住めなくなってしまった。
近鉄線桜井駅にイラストマップ、レンタサイクルがある。東竹田からは大和三山がよく見える。藤原宮跡・明日香も近い。百済大寺跡は90メートル級、九重の塔跡。

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