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天理市 |
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| 山の辺の道を景行・崇神天皇陵を過ぎ、更に北へたどる。中山の古い家並みを抜けて谷田に立つと堂々たる竜王山の直下、この山が引手の山といわれる。山手の方へ丘がいくつも続き、柿・みかん畑が広がっている。少し歩けば中山廃寺、萱生の集落。ここから柿畑の細い畦道を登れば、手白香皇女の衾田陵が小山のようだ。 このあたりは萱生千塚と呼ばれ、いずれが古墳か、丘か、畑とも判然としない。芝に覆われた小さな古墳は子供たちの遊び場らしく、すべった跡が幾筋もはげたまま。西には大和国原が広がり、その向こうに生駒、二上、葛城の山並み。南に大和三山。これほどに見晴らしのよいところは山の辺の道でも数少ない。 持統・文武朝の官廷歌人だった人麻呂が、泣血哀慟して作った二種の挽歌がある。 会う機会の少なかった隠り妻が亡くなって軽の巷に激しい悲しみを歌っている。 そして槻(現在の欅)の木のように元気だったむかひ妻(本妻)が入日のように隠れてしまう。残されたみどり子をあやす術も知らず途方にくれ、葬送の地を訪ね衾道をさすらい深い悲しみを歌っている。冒頭の歌はこのときの反歌である。 竜王山麓には人麻呂の歌が多く残り、ゆかりの深い地といえる。田から畑、丘から丘へと続く細い道をたどると、亡き妻の姿を求めてさまよう人麻呂が丘をめぐって忽然と現れそうな錯覚さえする。 |
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この辺りは山の辺の道の中でも特に見晴らしがよい。JR線柳本駅から黒塚古墳(大量の鏡が出土)は0.5キロ。崇神・景行陵は最大級の陵墓。三輪山も近い。 |